道なき未知の道 —人生の対話—

元教師。還暦を過ぎ、人生を静かに振り返っています。 歩んできた「道なき未知」、      そして、これから拓かれていく道を、 言葉を通して見つめ直していきます。この      ブログは、私の人生を語る場ではなく、 読者それぞれが、自分の人生を振り返る      「対話の場」でありたいと願っています。

変化は、音もなく

ある日、
教室の床に落ちていた
一枚のメッセージメモを、
何気なく拾い上げました。

それは、
何かと話題に上りがちで、
職員室ではしばしば
「時の人」になる、
F子さんへ送った、
私のメモでした。

踏まれた形跡はなく、
丁寧に折られていました。

それだけで、
胸の奥に、
小さな灯がともったような気がしました。

それからです。
ほんの些細な変化が、
少しずつ、
目に入るようになったのは。

朝、
机に向かう前、
一瞬だけ、
こちらを見る生徒。

カードをしまうような、
ぎこちない仕草。

何事もなかったかのように、
背中を向ける、その姿。

言葉は交わされません。
感想も、ありません。

けれど、確かに、
何かが行き来している――
そんな予感がありました。

古人は言います。
「心ここにあらざれば、見えども見えず」

本当に、その通りだと思いました。
だからこそ、
心ここにあれば、
見なくても、見える。
そうも言えるのではないか、と。

教育の成果は、しばしば、
「変化」という言葉で語られます。

しかし、変化は、
いつも分かりやすい形で
現れるわけではありません。

声にならない理解。
表情に出ない受容。
そして、
時間の中に、
静かに沈んでいく言葉。

私はこのとき、
初めて、実感しました。

言葉は、
すぐに届かなくてもいいのだと。

書き留めた言葉は、
必要なときまで、
待つことができる。

人の心のどこかで、
じっと、
出番を待っているのかもしれない。

そう思えるようになったこと自体が、
私にとっては、
大きな支えでした。

そして、
生徒が変わる前に、
自分が変わる。

生徒が成長するためには、
自分が成長する。

ずっとわかっていたつもりのことが、
ようやく、
腑に落ちはじめた。

そんな自分に、
これからを、
少しだけ、
期待したい気持ちが、
静かに満ちてきました。

変化は、音もなく、                                 見えないところで育つ。                               その思いが、                                       私をたおやかにしてくれました。